3月2日(金) 

 雨はやがてあがるだろう。

 先日、シャノンが亡くなった。今日のデジタル工学の礎を築いたひと。それから今月の日経「私の履歴書」は京セラの稲盛和夫氏。少年時代の回想から。郷里鹿児島の昭和初期のほのぼのとした風物が懐かしい。

3月4日(日) 雨 ルクレティウスの一節について

 春の雨がしめやかに降っている。

 たまにはTVでも観ようと思い、録りためておいたProjectX(NHK)を観た。そのうちの一巻。「宇宙ロマンすばる」〜140億光年・世界一の望遠鏡〜 。国立天文台(当時東京天文台)が、ハワイ島マウナケア山頂、標高4205mに完成させた、世界最大の反射望遠鏡を擁する天文台。総工費400億円という巨額の建設費を獲得するための天文学者たちの苦闘。直径8m超、重さ22トンという巨大な鏡を制御する技術を確立した三菱電機の若き技術者たちの夢と情熱。いつもながら元気のでるドキュメンタリーである。番組でも名前が紹介されていたが、成相恭二氏(国立天文台名誉教授)は、わたしの高校の大先輩。

 今日は、旅人さんの3月読書日記を読んで、長年探していたルクレティウスの一節の出所がわかってとてもうれしかった。「大海で風が波を掻き立てている時、陸の上から他人の苦労をながめているのは面白い。」(「物の本質について」第2巻1-36)この謎めいた一節については、かつてわたしもここでふれたことがあった。わたしの心のなかでは、長い年月の間に人間性の暗い情熱を喩える警句に変貌していたようだ。

 このことを旅人さんの掲示板に書き込んだ後、この自分の勘違いが気になって「マルドロールの歌」を探し出すと、第二の歌の後半部に以下のような一節があった。「おれは海辺の岩に腰をおろしていた。一艘の船がこの海域をはなれようとして帆を一杯に張ったところだったが、おりしも目に見えないほどの点が水平線に現われ、突風に押されて、急速にふくれあがりながら少しずつ近づいてきた。嵐は攻撃を開始しようとしており・・・」(渡辺広士訳、思潮社)「大風がおれの髪とマントを鞭打っている間じゅう岩の上に突っ立って、おれは星のない空の下の一艘の船に見入りながら、嵐のあの暴力を有頂天になってうかがっていた」

 そうしてこの詩集の余白に、若い日の私は次のように鉛筆で書き込んでいる。

 Poeの「メールストローム」 ラテン詩人の句(埴谷雄高か誰かが引用していたハズ)

 すると自分は埴谷雄高の「死霊」か「不合理ゆえに我信ず」「闇のなかの黒い馬」のどこかで、このルクレティウスの句を読んだことがあったのか?分からなくなってきた。先ほど書棚から発掘した岩波文庫版の「物の本質について」では、確かに該当の句のあるページに栞がはさんであり、微かながら読んだ記憶もないではない。メビウスの輪のように、記憶が捻れている。

 雨のあがった夕方、石神井公園きさらぎ文庫にて、リラダン「未来のイヴ」(上・下)(渡辺一夫訳、岩波文庫)400円。

3月6日(火) 晴れ

 吉祥寺りぶろりべるにてユルスナール「黒の過程」(岩崎力訳、白水社)1200円。

 毎朝TBSラジオの森本毅郎「スタンバイ」を聴いている。毎週ゲストとして詩人の荒川洋治氏が登場する。このひと結城信一の擁護者として常日頃から好感をもっている。今朝のテーマは書籍の帯(腰巻)について。帯だけ読んで中身を読まず、中身を理解する奥義について。笑えた。

3月7日(水) 晴れ

 ラオックスにて、小泉修「図解でわかるWeb技術のすべて」(日本実業出版社)2500円。どこにでもある安直な題名のようにみえるが、Web技術の現在の概要をひろくまとめていて、全体像を理解するには良い本だと思う。よくわかる。

3月10日(土) 晴れ 爬虫類も愛の夢をみるか?

飼っているグリーンイグアナの世話をしている。息子のクリスマスプレゼントに99年の歳末に買ったものなのだが、息子はやがて飼育に飽きたようで、しかたなく父親が面倒をみているのだ。草食である。ホウレンソウ・チンゲン菜・小松菜などを毎日やる。最近トマトが好物なのを知った。真っ赤な果肉にかぶりつく様は面白い。約1年で随分大きくなった。写真で見ると小さく見えるかもしれないが、これでも尾っぽを含めると全長60cmくらいある。寒がりなので、冬は白熱電灯で飼育槽を暖める。また、写真に見える黒い下敷き、これは暖房カーペット。暖かいよ。頭をなぜてやると眼を細めてうっとりとしている。(単にいやがってるだけという意見もあるが)爬虫類も愛の夢をみるのだろうか?不思議に思って毎朝頭をなぜなぜしてから仕事にでかけるのだ。

 アンク「ホームページ辞典」(翔泳社、1900円)。石神井にて The Penguin Book of English Verse(タダ)。

3月11日(日) 晴れ 

 せっかく春めいた晴天が広がっているが、今日も仕事にでかける予定。

 日経朝刊。文化面 鈴木道彦「プルーストの魅力」、氏による個人全訳の最終第13巻が刊行の運びになる。チリの巨匠ラウル・ルイス「見出された時」も公開中ですね。

 その左欄、芳賀徹「詩歌の森〜京の蕪村、江戸の源内」、氏は書く「十八世紀後半の日本は、東西に天才、奇才、異才が相ついで輩出し、学問・芸術にいっせいに新分野を開発しはじめた、まことに面白い時代」。「すでに百五十年余の「徳川の平和」のもとに、文化が列島住民各層にひろくゆきわたり、とくに江戸ではいま言う大衆文化が成立して、それが「平和」の甘味をさらに濃厚にした。」今突然思うのだが、このところアジア諸国で日本の若者文化(例:J-POP、日本人アイドル、ガングロ化粧、厚底サンダル、ケータイなど)が大変な人気だが、その淵源は江戸大衆文化の興隆にあるのかも。とかく我々日本人は、この「徳川の平和」を世界文化からの断絶や進歩の沈滞であったととらえがちであるけど。

 同じく書評欄では、清水哲男氏が、大岡信「百人百句」(講談社、1800円)を評する。「俳句アンソロジーは数あれど、ここまでデータベースのしっかりした類書は見たことがない。その意味で本書は「俳人事典」としても信頼できる。」と。

27歳で夭折したLaforgeの詩を集めたHPを見つけた。といってもGoogleであっという間に見つかったのだが。「愛の書のため」 Pour le Livre d'amour という詩の原詩を探すために。この詩にこんな一節がある(中江俊夫訳、平凡社ライブラリー)

 そのやさしい、嫉妬深いか尊大な眼をした女たちの前で、 /  僕は考えていたものだ。皆ああなったのか! 僕は聴いていた / 畜生どものけがらわしい交接のあえぎを!三分間の激情のためのなんという泥沼!

3月17日(土) 雨  暗い穴の中へ、ゆっくりゆっくり堕ちていくような、そんな気持ちよさ(久世光彦)

 先日、ProjectX (NHK) 「運命の船『宗谷』発進」 〜南極観測・日本人が結集した880日〜を観た。前代未聞のプロジェクトに心血をそそいだ東大理学部教授・永田武。焦土と化した戦後の日本、大学の研究室の片隅で彼がアコーディオンで弾いたという「船頭小唄」。この歌のことが気になって、ネットで調べてみた。たちどころに、いくつかのサイトが見つかった。ひとつはここ。おやじの唄。作者の不思議な情熱に敬意を表して、そのリンク集から、ふくちゃんの音楽室へ。この2つのサイトでかれこれ1時間も昔々の流行歌を聴いてしまった。「船頭小唄」「傷だらけの人生」「男の純情」「裏町人生」「人生の並木道」・・・。

 MS-DOSのバッチ処理、Sedによる検索・置換。Sedは日暮れて

 青柳恵介「風の男 白洲次郎」(新潮文庫)、オースティン「説きふせられて」(富田彬訳、岩波文庫)。

3月18日(日) 曇り後晴れ

 このところなんだかずっと鬱である。体調が悪かったり、忙しすぎたり、いきなり春めいたりで、こころの落ち着く場がない。今日も午後は仕事。昨日から日頃お世話になってるひとの掲示板にあれこれ書いたりしたが、こころは寂しい。今日もとある街をふらふらと古書店を求めて歩いた。日差しはもうすっかり春なのにコートなんぞを着込んでいたので汗ばんでくる。見知らぬ静かな住宅街を彷徨いながら、ここはいつか来た道と、ふとこころに信じたりした。

 須賀敦子「ヴェネツィアの宿」(文芸春秋)、小川洋子「妊娠カレンダー」(文春文庫)計400円。美本。

3月24日(土) 晴れ

 先日は、宮益坂での仕事の帰りに、巽堂書店にて、久世光彦「みんな夢の中 マイラストソング2(文藝春秋)500円。この本が、この1週間の愛読書だった。愛読といったって、夜布団のなかで読むだけである。読んでいるうちに涙腺がゆるみ、昔昔のおぼろげな記憶で歌曲を歌う。

 あとはEさんに借りた「Sed パズルブック」(インプレス)。今著者名を失念しているが、とてもためになった。Sedのいいところは、たった1つのコマンドを理解するだけでも十分仕事に使えることだろう。嘘みたいな話だが、数時間の仕事が数秒で完了する。この労力削減は驚異的である。たとえば、Sedの処理系をVectorかどこかで入手し、手元のエディタで次のような一行のスクリプトを書く。

 Sed "s/(置換対象の文字列を正規表現で書く)/(置換後の文字列を正規表現で書く)/ " (対象のファイル名) >(出力するファイル名)

 たったこれだけである。もっとも対象のファイルが10やそこらであれば、エディタかなにかで逐一開いて検索・置換しちゃえばいい。わざわざスクリプトを書くまでもない。しかし、手元に1000個のHTMLファイルがあって、その参照構造をオーダーに応じて変更しなくちゃいけないとしよう。検索・置換の仕様は、ファイルごとに個別に異なっている。例えば、10286a.htm のリンク先を、http://www.aaa.co.jp/bb/cc から、http://www.aaa.com/dd/ に書き換えて、ファイル名を30777.htmに変えて別フォルダに保存する。 こんなことを一々HTMLエディタでやってたんじゃ中年の貴重な一日はあっという間に過ぎ去るばかりだ。こうした煩雑な書き換えの場合、予めExcelかなにかに対応表を作成しておき、Sedのスクリプトを挿入して、行単位でスクリプトを完成させ、拡張子を*.bat にしてテキスト保存すればいいのである。あとはSedちゃんが黙々とこの処理をこなしてくれる。一服する暇もないくらい速い。

3月25日(日) 曇りと雨 GUIの限界

 様々なトラブルに見舞われ、悲惨で沈鬱な週末である。対話型処理を得意とする、世に流布したソフトウェアの限界を痛感する。唐突だが、今朝思うところがあった。そもそも近代工業とは、大量生産がコストを引き下げるという原則に成りたっている。靴下1足をわざわざつくるのに比べ、靴下10万足を一緒くたに作れば、当然コストも時間も圧倒的に下がる。この大原則が通用しないのが、GUIベースの対話型処理のソフトウェアである。DTPソフトを使って、10000頁の版下を作ることを考えよう。ま、さまざまコスト削減の方法はあろうが、基本的には1頁1頁の制作の積み重ねである。コストも時間も下げられない。10000倍のコストがかかるのである。このGUIベースのソフトウェアの生産性の矛盾はどのようにして解決できるのだろう?(コストとはつまり時間のこと、おじさんは時間が欲しいのだ。今年になってろくに本も読んでない。買って積んでおくだけだ。みんなの会話についてゆけない。はがゆい限りだ。)

 でもって、休日出勤から帰ってきた。吉祥寺弘栄堂にて、「中村稔詩集」(思潮社、1200円)、親子で仲睦まじく営んでいる外口書店で、久世光彦「燃える頬」(文芸春秋、1100円)。帰り道、自宅の近所で T・ハリス「ハンニバル」(上・下)(新潮社、500円)。

3月31日(土) 雪 

 この1週間、いろいろなことがあった。もっぱらメールやWebや電話やらの交信を通じて。実体の世界はつまらなく味気ない。Virtualな世界にのめり込んでMatrixの主人公よろしく実体の世界へ帰れなくなるかもしれない。

 (1)「Perl言語プログラミングレッスン」(ソフトバンク)の著者、結城浩氏から簡潔にして丁重な礼状を頂戴した。なんでも拙HPでの紹介文をご覧になってのこととか。私の勘違いも教えていただいた。「はじめてのPerl」(ソフトバンク刊)はラクダ本ではなくリャマ本と呼ばれているそうだ。それから、Perlに関するMLもお教えいただいたので早速参加させて頂きました。結城氏のHPは、http://www.hyuki.com/。「Web日記を書く心がけ」(こちら)なども読ませていただきました。そういえばこのところ、「とほほのWWW入門」(杜甫々氏)にも時折お世話になっています。こちらも奥の深いサイトです。

 (2)長男の担任の先生がフランスに旅行にいった。教育の研究・調査のため。この先生は常日頃MLをつかって父母にクラスの情報を伝えてくれている。今回は、フランスの各地から、MLのかたちで写真付きメールがたくさん届いた。そんななかの1号。言葉の壁で苦しみ、悩んでいる先生をみかねて、わたしのUSでの拙い体験を織りまぜてメールを返信した。御礼のメールが届いた。

 (3)その長男は、鹿児島のわたしの実家で、釣り三昧の日々を送っている。面倒をみている母に感謝。きっと手間がかかってるだろう、なにせ父母ですら手間がかかってるのだから(笑)。一昨日は15cmクラスのカサゴ(現地名アラカブ)を釣り上げて驚喜したと電話があった。釣り上げた瞬間の息子と老いた母の喜びを、母の子であり息子の父であるわたしも分かち合った。釣りが好きだったなき父のことを想った。

 (4)高校の同窓会MLで、26年前、1年うえの先輩たちが歌った「夏一人」というフォークソングが話題になっている。この美しい感傷的な曲をいまだに諳んじることができて、夜更け自転車に乗りながら歌っているのは、このわたしだ。一連のレスで、この26年来連絡のとれなかったR・K君(現在ベーシスト)の消息もわかった。

 満開の桜のうえに、ぼたん雪が降った。仕事で藤沢にいった。春の湘南への小旅行を楽しもうという魂胆もあったが、霙のなかをしょぼくれて歩く羽目に。帰り道、池袋リブロと詩の本の店「ぽえむぱろうる」で、このところみなさんのHPやBBSで話題になった本をたくさん手にとった。そこでは川上弘美さんが、新刊「なんとなくな話」?(岩波書店)のサイン会をやっていた。ミーハーなようでサインはもらわなかった。

 ああ、4月になる。

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