11月1日(月) 雨後曇り

 香西泰氏(日本経済研究センター会長)の書く「あすへの話題」(日経夕刊第1面の連載コラム)。本夕の話題は、ゲーテのファウスト。Faust の新訳が2種類もでているなんて知らなかった。最近古書店しかいかないから、どうしても新刊の話題に疎くなる。訳したのは、柴田翔氏と、池内紀氏だということだ。私がその昔読んだのは、岩波文庫版の相良守峯訳で。他に森林太郎(鴎外)訳の岩波文庫も後年手にいれた。読んだ当時は、手塚富雄の新訳(中央公論社)が話題になっていた。今回の新しい訳は現代のゲーテ研究の成果をふまえての優れたものに違いない。

 このコラムの面白いところは、エコノミストらしい視点でファウストを再解釈しているところ。「ヘレネとの出会いは時空をこえ、まさに「バーチャル」な関係だ。ほかにも薬害事件、遺伝子操作?による人間合成実験など、ゲーテの未来透視は実に冴えている。」(記事より引用)

11月6日(土) 晴れ

 清澄な一日になりそうな予感のする、よく晴れた、少し寒い朝である。

 一昨日は、早稲田大学国際会議場で開催された「デジタル・キャンパス・コンソーシアム」に出席した。午前の部は、文学部主催の「文学部デジタル化報告会」。昨年5月に引き続いて2回目の参加だ。学術情報データベースの構築と公開、マルチメディア教材の開発、ネットワーク型授業の実践。ざっとこんな感じにまとめられようか。少子化と学力低下。2000年以降の教育の大競争時代。教育のグローバル・ネットワーク化、とくにアジア圏の大学とのネットワーク構築。ほとんどのコンテンツは、文学部HP http://www.waseda.ac.jp/littera/ から利用できるのも素晴らしい。午後の部が、「デジタル・キャンパス・コンソーシアム」。奥島総長・白井副総長の挨拶・基調講演に並々ならぬ熱意を感じた。「学力低下に対する問題意識はもちろんある。しかし、知識を集約するという従来の学力観が変貌したことも事実。知識そのものは大冊の書籍群からCDROMへ、そしてWEB上のオープンなコンテンツへと急激に変貌している。学力・年齢・性別・国籍が限りなく均一の、閉ざされた空間=教室のなかで、教師から知識を吸収するという従来の教育のありかたから、そとの多様性に開かれた、交流と情報の発信を中心とした、<ネットワーク型授業>へと変化しつつある。学力を測る尺度も変わらなければならない」と。事実、ISDN回線で当の会場と韓国高麗大学とをリアルタイムに結んだ、Video Conference によるデモ授業では、学生同士の英語による討議がさかんにおこなわれた。同じくISDN回線の授業中継で、北道や九州の大学と早稲田大をつないだ、マスコミ論の講義では、単に講師の講義を各地に配信するだけではなく、学生の質疑応答や意見の交換も双方向にやりとりされる。意見の交換には、インターネット上のBBS も活用されている。受講者は、モニター上の講師の講義を聴きながら、同時にキーボードに向かい自分自身の見解を発表してゆく。様々な意見の応酬をみるにつけ、我々の世代にはあまりなかった、こうした能力についてもきちんと評価する必要があることを実感した。(写真は、ジャーナリスト江川紹子氏などを招いてのパネル・ディスカッションのひとこま。)

 早大からの帰り道、早稲田古書店街の文華堂書店で、稲垣足穂「稲垣足穂大全」揃いで70,000円。もちろん手はでないが。

11月7日(日) 雨 俄クラシック音楽ファン

 日経朝刊書評欄、出口裕弘「辰野隆 日仏の円形劇場」(新潮社)。父辰野金吾は明治時代に東京駅や日銀本店を建てた「明治建築界の”元勲”」。その子にして東大仏文の創始者であり、小林秀雄や太宰治を弟子に持った辰野隆の評伝。

 高野台駅前のピーコックやBOOK TURN にて、「名曲名盤300」(レコード芸術編、音楽之友社、1400円)、モーツァルト「交響曲35番・40番・41番」「同 36番・38番」、ブーニン弾く「バッハ・リサイタル」。買ってきた本やCDを聴いたり、書棚から掘り起こした吉田秀和(確か吉田一穂の弟だよね)の「LP300選」(新潮文庫)、「1枚のレコード」(中公文庫)、五味康祐「音楽巡礼」(新潮文庫)などを細々と読んでいる。五味康祐も書いているように、戦前戦後の動乱期、演奏会はおろかSPですら入手困難であった時代の、クラシック音楽への過大な思い入れという風土が、確かに僕らの世代にもあるのは事実だ。いっそ音楽理論(音階とか和音とか)の勉強から入ったほうがいいのかなと考えてしまう。

 というわけで、図書館にて、「やさしい楽譜の読み方」(音楽之友社)「キーワード事典 クラシックの快楽」(洋泉社)を借りてきて、ずるずると読んでいるところ。他に、阿川弘之「志賀直哉」上・下巻(岩波書店)揃いで1000円は、石神井草思堂にて。戦後まもなく志賀直哉が、突然フランス語を国語にすべし!と叫んだとき、ほとんどの文化人は呆れてこれを黙殺した。その発言の真意を探る下巻の途中から拾い読みをはじめた。阿川弘之の文章稠密なり。他に、瀬名秀明「ブレイン・ヴァレー」上下巻を図書館にて。こちらは未読。

11月10日(水) バタイユのなぞ

 バタイユのなぞ。この作家を約20年読んでいない。なのに今夜、突然、夜更けに、<薔薇>に関する一節を想い出した。なのに書架を探してもそのことばが見つからないのだった。想い出さないのでなにも書けない。シェリーの、誰かに捧げた無題の詩は思い出せて、「おう薔薇よ、汝の枯れし時汝は去る。そは愛するひとの寝床に蒔かれるであろう。云々」なんて詩句が口にでてくる。阿川弘之「志賀直哉」ひたすら読み続ける。下巻、瀧井孝作讃。坂上弘の不遇時代に彼を芥川賞に強く推したひと。大変な寡作で新作は十年単位だったこと。

11月11日(木) 

 阿川弘之「志賀直哉」が面白い。弟子である網野菊や瀧井孝作の作品が読みたくなった。阿川弘之の「井上成美」他の軍提督三部作いいですよ。阿川佐和子も、それからアメリカで弁護士をしているあのひとも活躍している。

 眼鏡を買い換えた。

11月12日(金) 雨と曇り

 午後、東陽町界隈にて某社によるDVDオーサリングシステムを見学。丁寧に説明してくれて感謝。究極のインタラクティブな映像教材の夢がかないそうだ。いささか高価なおもちゃであるが。(約1千万円) 2000年以降のコンテンツ大競争時代は面白いことになりそうだ。コンテンツの本質が、問われる時代になるのだ。官も民も関係ない教育コンテンツの大競争時代の幕開けはやっぱり新たな千年期である来年から始まるだろう。PS2も出ることだしね。

 日経夕刊。様変わりする参考書の特集。小社の参考書が写真にたくさんでていた。それから、Director7.0 のLite版が12月3日に発売されるようだ。買ってShockWaveの研究をしよう。

11月13日(土) 快晴

 駅前古書店にて、東林さだお「駅弁のまるかじり」、「ショージ君の「ナンダカ?」の発想」(以上文春文庫)、井伏鱒二「厄除け詩集」(講談社文芸文庫)、角倉一朗「バッハ」老沢敏「モーツァルト」(以上音楽之友社)、福井晴敏「トゥエルブ Y.O 」(講談社)。しめて1600円程度。

 夕方、西の空には清らかな三日月、東の空には輝く木星の姿があった。美しかった秋の一日の終わりに、次男といっしょにツタヤにGRAYのCDを借りにいった。

11月14日(日) 快晴

 詩人の鈴木志郎康さんが、2番目のホームページを開設した。NIFTY の新装開店で、10MB、CGIありの環境が提供されるとのことで、開設に至ったそうだ。

 池袋にて、DENONのMDレコーダー購入。長男とふたりででかけた。光ケーブルでのデジタル録音というものの恩恵に遅ればせながらあずかることになった。これとFireWire( i LINK)とを繋ぐようなコンバーターなどはないのだろうか?Audio にせよVisual にせよアナログとデジタルの端境期のような状態で、便利なのか不便なのかわからない。一方、DVDにおけるCSSやらMDにおけるSCMSなどデジタル時代のAVは暗号情報の鎧をかぶっている。これもまた面白いことだと思う。

11月17日(水) 晴れ・曇り・雨

 日経夕刊の川上弘美のエッセイは文章が上手。いつも感心してしまう。

 ところで、獅子座流星群。わたしも、昔昔、流星雨に遭遇したことがある。それは、小学生の頃だったのか中学生の頃だったのか今となっては判然としないのだが(深夜寝床に入ってAlterd States 状態になるまで意識の深層に潜れば想い出すのだろうが)、とある地球の深夜、漆黒の夜(なにせ田舎の夜は深く暗い、ニーチェの言を待つまでもなく)、星空を見上げる少年の瞳に、次から次へと、流星の瞬時の光箭が飛び込んできた、その、時間、ではない、時刻、は、時代の流れに、溶け、滅びゆく瞬間瞬間の急流のなかで、生きながらえ、今、こうして、デジタルのテキストデータとなって、開示されている、という・・・・・・・ことを。

11月20日(土) 晴れ

 STEREO 12月号(音楽之友社)1000円。中島みゆき「月−Wings」ツタヤにて。「愛から遠く離れて」に久しぶりに涙。私より3〜4歳年上のおんなのひとの生き様には、涙腺が弱い。老いの予感、などといったら失敬だろうが、この世代特有の「あるものへの別れ」を歌う悲しみに胸がじんとしてしまうのである。他にもクラシックCDいくつか。

 謡曲。金井直「あじさい」。茨木のり子。「デジタル規格ハンドブック」(オーム社)他、Audio と Video と Computer、通信、放送。諸般の規格の動向に目が離せない。 

11月22日(月) 晴れ

 小泉武夫「発酵食品礼讃」(文春文庫)690円。好著。天衣無縫の文体。一気に読み進める。

 午後1時40分頃から約30分、首都圏広域で停電。

11月23日(火) 曇り後晴れ

 石神井草思堂にて、岩波古典文学大系「今昔物語」一巻(天竺)二巻(震旦)幸田文「木」(新潮文庫)、中村義作「算数100の難問・奇問」(ブルーバックス)計840円。夕方、光が丘公園にて長男スケボー特訓、そののち光が丘の回転寿司「鮨ハミータ」にて家族で夕食。これは次男の誕生パーティーとして。

11月25日(木) 曇り 本邦初の大論文?

 都内某所の某社を訪問。電子透かし技術のレクチャを受けた。25名位のヴェンチャ企業である。高度な知識集約企業。いいねえ、その居ずまい。SMALL,INTELLIGENT,FLEXICIBLE UNIT。うれしくなって、元気もでた。さて、そこで受けたレクチャをここに開陳することは、力量もないし、今、疲れているので、できない相談なのだが、敢えて本邦初の、とうちゃん独自の見解を披露する。

11月27日(土) 晴れ 腰砕け本邦初の大論文

 と、思ったが億劫になったので、はしょって書いてしまおう。まずですね、デジタルのデータである以上、完全にコピーを防ぐ方法はないのであります。音楽CD(CD-DA)がでたのは昭和56年頃だったかな、その当時のパソコンといえば黎明期でありまして、補助記憶装置には音楽用のカセットレコーダを使うのがもっぱらで、純正のFDD(HDではないですぞ)は40万円くらいしたのであります。RAMも32KB位しかなくて、そのうち半分はBASICが占有していたのであります。そんなPCが、よもや12年後には音楽CDを読み込んでファイル化できるようになると、誰が想像したでしょうか?さよう、音楽CDはコピー防止には全く無力なピュアな媒体でありまして、そのゆえに今日の、音楽CD、CD-ROM、CD-R(W)、音楽用CD-Rの繁栄があるのかもしれません。規制がばりばりにかかっているとなかなか普及しないものですよね。さて、時代はDVD に移行しつつあります。i MAC DV、プレステ2と材料も豊富です。来年の4月頃には一気に家庭にDVDが普及していることでしょう。(小生なんぞ、パンフレットにもいっそDVD-Video を同梱すればなどと、とほうもないことを考えています。)今でこそ、アナログ・デジタル双方でのばりばりのプロテクトがかかっていてDVDの不正コピーは容易ではありません。しかも!、将来DVD-RAMが普及する日のことを考慮して、CSSというプロテクトがかかっていますので、DVD-RAM上で<ファイルとして>動画を扱う場合でも、単純なコピーはできないのであります。さて、音楽CDがCD-RWに至るまで約18年かかりましたが、DVDの場合、DVD-RAMの広範な普及まで、たぶんあっという間でしょう。その時、これらのプロテクトはどのような様相を呈しているのでしょう?

 音楽用MDレコーダには堅古なプロテクトがかかっていまして、デジタル→デジタルのコピーでは孫コピーは製造できません。それは、孫コピーを許すハードウェアが製造されていないからであります。同様に、蔓延するMP3の不正コピーに業を煮やして、音楽業界はSDMI という規格で、ハードウェア周りを囲い込む作戦です。しかしなんですな、自由にデジタルの素材を扱えるということは、やはりデジタルの醍醐味のひとつなのですよね。デジタル・データをしてデジタルデータたらしめよ。これはテキスト・音声。静止画・動画 いずれでもいえることです。劣化のない加工・劣化のない複製をエンドユーザーが享受できるということも大事なことなのです。この二律背反をどう止揚するかという課題に対する答えのひとつが<電子透かし技術>なのです。ひとがひとというアイデンティティを死ぬまで失うことがないように、デジタルデータにもユニークなアイデンティティを持たせてあげて、<不正なコピー>に対しては、<自爆>といった過激な対処をするのではなく(たとえばコピーして流布して行くと突然自分自身を破壊したり自分自身を変形させるといった)、<不正>であることを静かにしかし毅然として主張させるようにするということ。(と、縷々書いてしまいましたが、小生昨今の技術をよく理解しているわけでなく、あくまで私感ですの念のため)

 石神井公園にて、岡本かの子集(新潮社日本文学全集)、百目鬼恭三郎激賞の「生々流転」を読むため。網野菊「一期一会・さくらの花」(講談社文芸文庫)計550円。「一期一会」「ひとり暮らし」を夜読んだ。

11月28日(日) 晴れ 

 光が丘西武にて、「大学への数学 新数学スタンダード演習」1500円。アーバン・ベルグ四重奏団「ドビュッシー&ラベル 弦楽四重奏曲」は光が丘図書館にて。

11月30日(火) 晴れ

 仕事が難しく、かつ多いので、だんだんとナチュラル・ハイになりそうな自分である。夜、会社の近くを散歩して夜空を見上げると、ひときわ明るい木星が輝いていた。日経「私の履歴書」明日から白川静氏の自伝だという。楽しみ。ご愛読深謝。12月はいろいろと波瀾万丈の気配だ。1900年代最後の月だしね。

 

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