4月30日(水) 曇りやら雨やら晴れやら

BookOff高野台店で、山口瞳『温泉へ行こう』『還暦老人極楽蜻蛉』(ともに新潮社、各100円)は、いつかのときの贈答用(笑)、しかし、ネットで原価を公表しちゃ、ちとまずいか。吉祥寺藤井書店にて、森澄雄『はなはみな』(ふらんす堂文庫、300円)。昼休み、食事しながらさめざめと泣いた。へんなおじさんだよ。竹西寛子がよせた文が栞についている。緊密でゆるぎない名文だ。そこで竹西寛子の著作をAmazonで緊急チェックした。

ほかに、『CDフォニックスワーク―英語発音』(武蔵書房、1400円)は、息子のために@Amazon。

4月27日(日) 曇り後晴れ

映画『魔界転生』が大ヒットのようで、吉祥寺五日市街道ぞいの東映映画館の前は黒だかりの山。その並びの藤井書店も余勢を買ってか、いつもみかけない男女の若者がぎっしり。ここでは秦郁彦『昭和史の謎を追う 上・下』(文春文庫、500円)を拾っておいた。仕事の合間にチラチラ読んだ。

仕事漬けのGWに突入した。

4月26日(土) 曇り後晴れ サンダル履きで高円寺

旧い友人のIさんと、駅前ヤマダ電機で落ち合ったのが午後2時。各社のPCを検討したが、結論はちょっと様子見。

さてここから、環八→早稲田通り→環七と車を走らせて、高円寺で古本屋めぐりをしようということになった。春のドライブ快適ですねえ。幸いにも駅南口に駐車場がみつかったので、タイムリミット1時間の古本屋めぐりへ繰り出した。おっと、わたしなんぞサンダル履きの気楽さ。

●大石書店:わたしは伊藤整『日本文壇史 15』(講談社、600円)と安岡章太郎『まぼろしの川 私の履歴書』(講談社、200円)、Iさんは永井龍男の随筆集と安岡章太郎『夕陽の河岸』(講談社?)。ここでは店頭本すら光ってる。高雅なのに誠実、やはりなかなかのお店だ。(photo)

●球陽書房本店→都丸書店本店(通り抜け^^;)→都丸書店支店→青木書店

都丸書店支店でじっくりと書架閲覧。Iさんは、今日出海(中公文庫)と伊藤整『小説の方法』。 以上で約50分。

このところ、妙に中央線づいているなあ。寝不足がつづいていたので夜は早く眠り、夜中に起きて布団のなかで安岡章太郎を読んだ。小文が身に沁みた。なかなかいいな、安岡章太郎。Iさんお薦めの『父の酒』も買っておけばよかったと後悔することしきり。

4月24日(木) 曇り

御茶ノ水明治大学新館の脇の坂を上ったところにある山の上ホテル(山口瞳が愛用したホテルですね)で、SUNDAY毎日臨時増刊号の座談会に出席。テーマは2003年度大学入試総括と2004年度入試への展望。S・K・Yの三大予備校そしてBe社と、錚々たるメンバアが出席した。みなさん旧知のようで和気藹々、こういう文化(仮に予備校文化とでもいっておこう)は嫌いではない。当方、情報も見識も未だだと認識している。けっこう緊張した。増刊号は5月下旬刊。

来年は、国立大学に限っても、5教科7科目入試への本格的な移行、統合と再編の嵐、法科大学院開校に伴う入学定員の削減(東大文1の定員が減る!)など、激動の年になる。

4月23日(水) 曇り 『旅に出ても古書店巡り』

ローレンス&ナンシー・ゴールドストーン夫妻の古書店巡りエッセイ第二作が、標題の旅に出ても古書店巡り』(ハヤカワ文庫、300円@藤井書店)。原題は、Slightly Chipped(ヤヤ難アリ?)。訳書がなかなか面白いのでAmazonで原書も注文しておいた。でも原書が着くまでに訳書で読了してしまうかも。

夫の誕生日のプレゼントに『戦争と平和』の豪華本をもとめて恐る恐る古書店の門をたたき、それがきっかけで夫婦で古書道にどっぷりはまってゆく経緯をユーモアたっぷりの文体でかいたのが前作。今回の作は、あちこちの古書店でめぐり合った1冊の古書をきっかけにして、英国やアメリカの文化史の興味深い鉱脈が浮かび上がってくるという仕掛けになっていて、なかなかためにもなる。例えば、ウィリアム・モリスのケルムスコット・プレス、V・ウルフほか多士済々ブルームズベリー・グループの謎。ま、なんといっても夫婦そろって手を取り合って仲睦まじく古書店がよいするのが素敵。

昨夜は退職したSさんに大学入試動向について教えを請うため、下北沢に降り立った。いろいろと教えていただいたSさんありがとうございました。

4月20日(日) 雨のち曇り 正路を失いて阿佐ヶ谷にありき

先日東上線古本屋めぐりのために上石神井せきぶん堂で買った古本屋地図。さすがにこういう小冊子があると、旅の浪漫に誘われてついつい古本屋めぐりをしたくなるようだ。雨模様の日曜日だが午後は雨もやんだようなので、荻窪再訪をおもいついた。なにせ気力も萎え覇気もないこのごろなので、家にいても鬱々と楽しまないから、せいぜい気を散じようという算段である。自宅そばの石神井川沿いの八重桜に目をやりつつ、環八をひたすら自転車で南下すれば荻窪。迷うはずもない気楽な小旅行のはずであった。荻窪も間近になったところで、ふと、喧騒な駅前商店街を避けて上手に荻窪駅にたどり着く道順をおもいたち、左折。あみだ籤よろしくジグザグにすすめば、井伏鱒二の旧邸あたりを経て無難に荻窪駅にたどりつくはずだったが、これが甘かった。行き止まり・Uターンの小路。迷路めく住宅街をいきつ戻りつするうちに、またもや、中年正路を失いて、たどり着いたのが阿佐ヶ谷駅。なんで荻窪近隣をふらふら迷ううちに阿佐ヶ谷に着くのかさすがの私も自分に愛想がつきたが、きゅうきょ計画を変更し、阿佐ヶ谷古書店探訪と相成った。

駅前に自転車を止め(ほんとはイケナイ)、まずは南口アーケード街。千章堂。昔ながらの古本屋というたたずまい。織田作之助全集全3巻(バラ各1300円)なんてのがさりげなくおいてあり、この先の期待が増す。松岡正剛『二十一世紀精神』600円あたりが平気でおいてあるのも中央線沿線らしい。ま、ここではなにも買わず、次の今井書店。小さい店舗ながら誠実な店で、白川静『中国の神話』(中公文庫、180円)を拾っておく。ここで、引き返し、北口商店街を高円寺方向に。川村書店はお休み。次の穂高書店は山岳書籍専門のようだが、なんかこう鬼気迫る鬱蒼たる店内に怖じ気づき敬遠。ここからガードをくぐり、南口の栗田書店へ。次に南口ロータリーの正面、千章堂南口店?『ふるほんや』。小ぶりながら悪い本屋ではありません。ここから、南口パールセンターなるアーケード街を南に。ブックギルド2。一見コミックとしょうもない文庫本しかないような店の雰囲気だが、これは世をしのぶよすがと見た。地下の店内は予想外に高雅で、なかなかに侮りがたい。美術書籍ほかなかなかの充実ぶりで、元気の出る店。ここで、瀬沼茂樹『日本文壇史21・24』(各700円)を求めて、さらにこのアーケード街を南下。先日の高円寺といい、荻窪といい、ひごろ慣れ親しんでいる吉祥寺といい、中央線アーケード街はいいですねえ。新旧さまざまな店が生活感まるだしで並んでいて、懐かしい。

次は弘栄。すごいですぞ、この店は。阿佐ヶ谷の小宮山書店という感じです。昭和期の文芸が丹念に蒐集・陳列されていて驚き。ミステリにも強い店。昭和期の作家の単行本がひとりひとり丁寧に蒐集されていて眼福・眼福。ちなみに木山捷平の遺作集、奥付の値札は5000円。う〜む、そういう店なのか、この本の値段相応なのかいまひとつ解りませんが、でも陳列のしかたがとても丁寧です。ここで、『シュトルム詩集』(角川文庫、500円)を買っておく。さて次に、星野書店。仏教書籍に強い店。小さい店ですが。

引き返して自転車を取り戻し、中杉どおりを北上して帰路に。途中、ゆたか書房に立ち寄り、狭い店内を閲覧。

まあ、いつものようにあまり本を買わない古本屋紀行でしたが、阿佐ヶ谷まで視野にいれることができて満足。

4月19日(土) 晴れ

高校の同窓会の同期幹事T君に請われて兄弟校の同窓会総会に顔を出してきた。会場は半蔵門線水天宮そばの某ホテル。隅田川はすぐそばだ。同窓会の役員・各期幹事諸氏と名刺交換。兄弟校の同期卒幹事にも挨拶。ちょっと気疲れ。お開きは6時すぎで、まっすぐ家に帰り、早めに眠った。

往き帰りの車中、シュティフター『二人の姉妹』を流し読み。『晩夏』に連なる、教養小説の趣がつよい。(アイヒェンドルフ『のらくら者』・ホフマンスタール『アンドレアス』では主人公の彷徨の過程が魂の発展と呼応する。この中編小説では、たどり着く場所は予め定められているが道中は困難である。通過儀礼のような旅を経て、世界の中心とおぼしき館のなかで物語が完結する。) しかしいまいち感情移入できぬ。

呉智英『大衆食堂の人々』(双葉文庫、100円)。江古田駅青柳書店店主を主人公にした小文にであってうれしい。渡辺武信『住まい方の演出』(中公新書、200円)

来週はいくつかヘヴィーな仕事も抱えているし、連休前後はまたまたドタバタの日々になるだろう。なんだか気力の萎えたこのごろだ。

4月13日(日) 曇り 東上線古本屋めぐり

昨日。恒例となった古本屋めぐりを、今回は東上線を舞台に、常連のかねたくさん・やっきさんとともに敢行した。

敢行と書いたのは、なにしろ今回は土地勘があまりないため。古本屋地図を買い込んでチェックしたり、NTTのイエローページを編集してリストにしたりといちおうのことはやったが、集合時刻にいざ大山駅に降り立つと、右も左もわからぬ有様で、俄然不安になった。そんな不安を一蹴させてくれたのが、かねたくさんの情報。ひと足早く駅に着いて早速一軒なかなかの本屋を見つけたらしい。幸先よし。というわけで、一行はまず、SNS大山店に向かった。ガイド本(全国古書店地図)によると神保町にも店があるとのこと。見かけより広い店内には、なるほど、タルホのコレクションまである。現代思潮社版大全揃い28000円はお手ごろ。中村宏との共著『機械学宣言』(仮面社、並装)10000円は妥当なお値段か。他にも唯一の対談集『天族ただ今話し中』1000円など日頃見かけぬタルホ本が丁寧に蒐集してあった。ルートヴィヒ『天と地との間』(岩波文庫、300円)・グリルパルツェル『ザッフォオ』(岩波文庫、300円)を求めた。

次に、小雨のなかを、杉浦書店にむかったが既に閉店?していた。老舗の村内書店も近年閉店したようで、時代の移り変わりを痛感する。ここから、隣駅の中板橋まで歩く。川越街道沿いの旧家にしばし目を留める。隣駅中板橋では、駅前の北條書店をのぞいたあと、BookOff中板橋店へ。なぜか島崎藤村の多い文庫の棚で、呉智英『危険な思想家』(双葉文庫)・邱永漢『食は広州に在り』(中公文庫)・国木田独歩『牛肉と馬鈴薯』(岩波文庫)を拾う。

ここから、一路、志木駅に向かう。駅前の新古書店の書棚を一巡したあと、迎えにきてもらった旧友I君の車で、本日のお目当て東西書房に向かった。大きな構えの本屋ではないが、なかにはいると、大小の書棚が林立していて、さながら<知の迷宮>である。戦後の日本文学が特に充実しているように思うが、社会科学・人文科学・歴史なども充実していて、蒐集の誠実さがうかがえる。神田や早稲田の古書街にあっても遜色のない異例の古書店であります。ここでは、シュティフター・山室静訳『森の小径』(沖積舎、500円) 、小沼丹『清水町先生』(筑摩書房、1200円)、伊藤整『日本文壇史 10・11』(講談社、各350円)。

こののち、Iさん宅でビール・日本酒・焼酎・手作りの肴をもてなしていただき、文芸と読書にまつわる談義が延々8時まで続いた。関川夏央の新刊『女優男優』、山口瞳・芝木好子・吉村昭・丸谷才一・川本三郎・獅子文六、etc,etc. また、ここでは、やっきさんに講談社版art japanesque巻18『美の科学誌』(松岡正剛編集)、かねたくさんに川本三郎『青いお皿の特別料理』(NHK出版)・『ちょっとそこまで』(講談社文庫)を、それぞれ格安で譲っていただいた。また、Iさんからは横山秀夫『第三の時効』を貸していただく。

生憎の天気ではありましたが、とても楽しい一日でありました。かねたくさん・やっきさんどうもありがとうございました。Iさん、なにからなにまでお世話になりました。これに懲りずまたやりましょうね。

●本日。サイモン・シン『フェルマーの最終定理』(新潮社、350円)、清岡卓行『アカシアの大連』(講談社文芸文庫、100円)星野力『甦るチューリング』(NTT出版、1000円)

4月12日(土) 曇り

フリーマントル『シャングリラ病原体 (下)』(新潮文庫、629円)。コンセプトはいいが、延々と続く政治的駆け引きにうんざり。この手の小説を読むより、狂牛病やウイルスにまつわる科学読み物を読むほうがはるかにいいと解った。それにしても昔々カミュ『ペスト』がやたら面白かったが今読んでも面白いだろうか。

昨日、上石神井せきぶん堂にて、『21世紀版全国古本屋地図』(日本古書通信社、2000円)は、今日の東上線ツアーの予習本。とはいいながら、西武池袋線・新宿線・中央線の各線で、当方のしらぬ本屋がないかこまめにチェックした。朗報だったのは、むかし江古田にあった風光書房(ヨーロッパ文芸専門)が神田に栄転していたことがわかったこと。

4月11日(金) 晴れ 忙中閑あり、横山秀夫を読む

朝、横山秀夫『深追い』を読んだ。I君から借りっぱなしになっていた本だ。ようやくこころに余裕のでてきたこの頃、そういえば昨日街ゆく娘たちの花のような美しさにはっとしたっけ。ま、それはともかく、短編集のはじめの2作、「深追い」「又聞き」を読んだ。旨い、苦い。ピリリとした辛さもある。参りました。2作ともリドルストーリー仕立てで読後に奇妙な味が残る。だが読後感は悪くない。気のせいか、初期の作品よりも作風が明るくなったような気がする。作者のヒューマニズムを感じる。

4月8日(火) 

長男の入学式。中学時代にお世話になったM先生にお礼を述べる。和田アキ子似の先生も健在。桜吹雪の舞う強い風の吹き荒れた朝、このあとずぶ濡れで職場に向かった。

星野力『甦るチューリング』(NTT出版)が気になる。買っておけばよかった。元ASCIIの連載もの。

4月6日(日) 晴れ

桜が満開。石神井川沿いを散歩。富士見台山本書店にて、吉田武『オイラーの贈物』(海鳴社、1500円)。ちくま学芸文庫版は余りに字が小さいので元版を買ったけど、どうやらちくま版ではいくつか増補があるらしい。吉田氏は、この大冊の版下をTeXやMathematicaなどを駆使してひとりで完成させたそうだ。巻末にハードウェア・ソフトウェア一覧がのってる。人類の発見したの等式のひとつ、eのiπ乗=-1に至る大河。確かにこれにくらべればValerieやBorgesは生臭い。

ほかにビリケン『Nagoriyuki(なごり雪)』400円。引用とパロディの苦い屈折がいい。

4月5日(土) 雨 我正路を失いてKoenjiにありき 〜大石書店

全くもってろくでもない日々だ。なにしろ時間がない。いつもアクセクしている。夜討ち朝駆けケイタイがなる、そんな日々。膨大なデータ処理に疲労こんばいして、昨夜仕事の帰りに吉祥寺ルーエで買ったのは、A・シュティフター『森の小道 二人の姉妹』(岩波文庫、700円)。岩波文庫の新刊。うれしいですね、シュティフターの本邦初訳。かのニーチェが激賞したという『晩夏』(集英社)も持ってますが未読。『水晶』や『みかげ石』も未読。私はシュティフターの未読王。

土曜の夕方、降り続く雨とバスに並ぶ長蛇の列に嫌気がさし、東中野経由の大江戸線で帰ろうと思いたった。バスよりはるかに明るい車中で、これまたルーエで買い求めたフリーマントル『シャングリラ病原体 (上)』(新潮文庫、629円)をゆっくり読もうという魂胆。総武線に乗り込んだつもりが、実は地下鉄東西線だったというしゃれにもならぬボケぶりで、舌打ちしながら落合でUターン、中野にたどり着いたら今度は総武線上りが信号事故で大幅遅延。早く家に帰りたいのだが、すっかり馬鹿馬鹿しくなって、滑り込んできた総武線の下り車両に乗り込んで、高円寺に降り立った。

土曜夕刻の高円寺は久しぶり。庶民的で猥雑な賑わいが懐かしい。あちこちでものを煮たり焼いたりする匂いがする町だ。さてふらりと高円寺に降り立って向かった先は南口商店街。昨年だったか、かねたくさん・やっきさんと高円寺→西荻窪と古本屋を巡った際に時間の関係で割愛した、大石書店を再訪しようというもくろみだ。このときも、また、数年前高円寺古書店をぐるりと回ったときも、生憎、この店とは縁がなかった。南口のパル商店街を南下し、アーケードのつきたところに何故か細い川が流れていて小さい橋がある。その袂に懐かしい古書店は健在であった。

この店に通ったのは昭和56年ごろだから、なんと以来22年の歳月が流れているのである。店内に整然と並んだ本は、ていねいにパラフィン紙で包まれている。稀こう本専門というわけではないが、西洋文学や日本文学の棚はなかなか圧巻である。それら丁寧に蒐集されて整然と並べられた本の背をみながら、ふと、私は気後れを感じた。何故だろう?いずれ学問とは無縁の、アクセク殺伐たる日々にこのところ自嘲気味だからか。

そして私は22年前、この店内を歩いた自分のことを思い出し、慈しんでいた。金もなく、未来に対する不安だらけの若者だったが、今に思えば、それなりの自負や野心の片鱗はあったのだろう。当時、ここで私は気後れなど感じたことはなかったことを、不思議に懐かしく思いだした。昔日のある時刻、間違いなく、この狭い空間にいた自分を、まざまざと思い出し、今宵その影をみたような気がした。かつてのじぶんの若さ・自負を慈しんだのだった。

寿岳文章訳『神曲』の定本版大冊6000円などに目をやりつつ、店入り口に近い棚に、伊藤整『日本文壇史』バラの十数冊を発見。文芸文庫版なら、新刊本屋にあるし、当時の揃いならネット古書店でも24巻揃いで24000円程度だから、それほど入手しづらい本でもない。文芸文庫版は解説も詳しい。それでもこうして当時の版を手に取ると、買いたくなってしまいますね。店をでて小雨にうたれながらケイタイで妻に電話し、書棚にある巻を調べてもらい、残りの巻から、6・8・9・10・13の5巻を買った。しめて3000円。

お歳は70を越えているだろうか、老学者風の店主に本を包んでもらい、お礼をいって店を出た。帰りは高円寺駅から関東バスで練馬駅にむかう。環七を走るので意外に速い。満員のバスを嫌って迂回して帰ろうとしたところが寄り道し皮肉にも別のバスで帰ることになった。雨に煙る環七を車窓から眺めながら、つい一時間前までのすさんだ気持ちが消えていることにきづく。

仕事漬けの日々の隙間にほのかに咲いた桜のような春の小旅行とあいなりました。

 

4月2日(水) 

沈うつな雨が降る朝。外は戦争、内はだらだら続く仕事。今日も厄介なデータ処理が待っている。

岩原信九郎『推計学による新教育統計法』(日本文化科学社、2000円)がアマゾンから届いた。この本なんと初版が1951年で、その後何回か増補されているが、版は元のままのようだ。古びた本。統計学の本は多いが、いわゆる学力テストについて専門的に論じた本は意外に少ない。という訳で、いま読んでる本は、森田優三『新統計概論』(日本評論社)と池田央『テストの科学』。若い頃統計をきちんと勉強しておくべきだったとつくづく思う。確率論ってほんと奥が深いな。

3月31日(月)  

なんのかんのといいながらだらだら続く仕事漬けの日々であった。昨日、咲きはじめた桜を慕うように、自宅近くの石神井川沿いに石神井池までゆっくり自転車をこいで、自分なりの花見とした。

最近かった本。関川夏央『昭和時代回想』(集英社文庫)、夢枕獏編『釣りにつられて』(福武文庫)計350円、コリン・ウイルソン『SFと神秘主義』(サンリオ文庫、700円)@草思堂。向井敏『書斎の旅人』(中公文庫、200円)、阿部謹也訳『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』(岩波文庫、100円)、池田央『テストの科学』(日本文化科学社、500円)、J・ダイヤモンド『セックスはなぜ楽しいか』(草思社、500円)

岡山在住の旧友T君が、息子のためにカブトムシとオオクワガタの幼虫8匹を送ってくれた。

3月23日(日)  映画という残酷

深夜書く。『ニューシネマパラダイス完全版』。もう2年前になるが以前第1版を観ているので、邪道だが途中をスキップし、有名な映画監督に成った主人公の三十年ぶりの帰省から先を観た。取り壊し予定の映画館を再訪したのち、ちかくのカフェで酒をたのみ、ふと外をみやった彼は驚愕する。窓のそとに若き日の恋人とうりふたつの乙女がいるではないか。驚きのあまりグラスを落とし、そのグラスが床に落ちて割れるまでのフラッシュバックは編集的には不自然だが、もうここで私の涙腺は爆発してしまった。

 なんという残酷だろう。映画とは。若き日の恋人を演じた役者が、三十年後の恋人の娘役を演じるとは。主人公は制作の裏方には通じないから、そんな合理的な説明などもともと受容できるわけではない。信じがたい奇跡のような、若き日の恋人との再会に時をわすれ前後を忘れ、店を出、Madmoiselle・・・と声をかける・・・。

ここから物語りは第1版とは分岐して進んでゆく。その仔細は今はもう語る気力はないけれど、私は、三十年前の恋の後日譚を誠実に描こうとしたこの完全版のほうを愛する。ファンの間でも賛否が分かれていて、この仔細をかくまって簡略にまとめた第1版のほうがいいというひとも多いようだが。

うり二つの娘の居場所を探り出し、母親(かつての恋人)に電話をし、思い出の波止場で再会する。灯台の明かりで照らされたおんなの横顔は無残にも老いているが、かつての日の面影を偲んで、変わらずにキミは美しいと云う。それは本心だろう。主人公に家庭はないが、旧恋人には家庭も娘や息子もある。あるけれども、彼女は三十年前の不幸な行き違いをきちんと説明する。逢瀬の夜の行き違いは、ふたりを結ぶ恩人の深甚な配慮に拠るものだった。くわえてメモ紙が不幸にも行き違った。

取り壊し寸前の映画館の映写室で、埃にまみれながら三十年前のメモ紙を狂ったように探す主人公が写る。歳月の推移で反故となった紙切れを探し出すのに役にたつのは映画史の記憶である。(このへんが映画ファンの心をくすぐるのだろう)。遥か昔の上映記録と映画史の記憶が交差して、昔日の恋人のメモ紙を発見する・・・。

フィルムという残酷。成功譚・美譚。時代に取り残された郷里の村の、郷愁という名の小さい沼のような美しさ。男の身勝手。母親の許容。映画史を引用するということ。映画館という聖域。映画史の引用の入れ子構造。etc,etc.  幾らだってこの映画のいかがわしさを語ることはできる。だがなんという愛しいいかがわしさだったろう。今夜ずっと主人公たちに寄り添って私もさめざめと泣いていた。まあいいか。

3月22日(土) 晴れ 映画という残酷

 ずいぶん春めいてきてしかも世間は三連休だから本来うららかな週末のはずで、のほんんとした日記があってもいいところだが、中東での戦火の映像が朝から流れて慌しく、しかも仕事の電話が携帯に入ってきたりして規模こそ違え小生の生活もまたなにかと殺伐なのだがそうしたなかにも着想の妙はあって我ながら秀逸だなとおもう一瞬の仕事もできた。まあそんな俗世はどうでもいい、

TSUTAYAで借りてきたDVD2枚で今日はひたすら泣かされたので、もうそんなことはどうでもいい気分だ。

『海辺の家』(Life as a house)。Yahoo!映画でなにかと評判がいいので早速観てみた。許せました、泣きました。女房に離縁され、ひとつぶ種の息子はグレて、会社はリストラされて、とうとう不治の病まで病んじゃった中年おとこ。短い余生を息子の救済のみに賭けて、再婚した妻と後夫からひと夏息子を引き剥がし、積年の念願である海辺の家づくりにひっぱりこみます。あいや、息子はオヤジとの葛藤すざまじく、紆余曲折あれども、やがて親父の真意を悟りヤク中毒からりっぱに更正して生きる意味をみいだします。ああ、男子一生の仕事は息子を一人前にすることなのね。ボロボロ泣いてました。息子のガールフレンド役、けなげで可愛ゆし。

(以下明日)

3月20日(木) 晴れ

あくせくと仕事に追われるうちにいつのまにか月日の過ぎ去ることよ、願わくば、海の見える丘にでも隠棲し、友ヲ忘レ友カラモ忘レラレテ、沖ノ遥カニ轟クぽせいどおんヲ眺メテイタイ(ホラチウス書簡詩)、そして仏蘭西語や統計学や数学のお勉強をしたい。日暮れて途遠しというか、悦ばしきかな学問、というべきか、中年になってもなお学びたいことが山積みだ。

というわけで森真・田中ゆかり『なっとくする統計学』(講談社、2700円)。他には、海野弘『世紀末シンドローム』(新曜社、1300円)(癒しからエコロジーまでニューエイジの光と闇の鳥瞰図、このひとも領域が広いのね)、日本経済新聞社編『描かれたエルダー』(集英社、700円)(今なお好評連載中のコラムをまとめた本、老いを扱う小説や映画を取り上げて老いについて考察する)@外口書店。集英社文学全集から『外村繁・川崎長太郎』『里見とん・久保田万太郎』『坪内逍遥・二葉亭四迷』各100円。

3月17日(月) 

ユウウツな月曜の雨である。しかし、・・・仕事漬けの日々のなかにも春めいたエピソードはあるもので、

土曜日の夕刻、港区外苑前、青山ベルコモンズ前に集合した不良中年ふたりと謎の美少女(とでもしておこう)。瀟洒なビルの立ち並ぶ界隈を行きつ戻りつし、都心の隠れ家のようなイタリア料理店『ラ・グロッタ』にたどり着いた。多彩なテーマに話がはずみ、最後は爆弾発言がとびかう異様にテンションの高いお食事でありました。辻邦生の話題など。

このところ買った本。古山高麗雄『断作戦』(文春文庫、638円)待望の文庫化。山本夏彦・久世光彦『昭和恋々』(文春文庫、350円)、森内俊雄『夢のはじまり』(福武文庫、300円)、『小泉八雲集』(新潮文庫、180円)、森まゆみ『明治快女伝』(文春文庫、300円)、『鑑定!お宝「マンガ古書」』(宝島社文庫、200円)、柘植久慶『戦場の指揮官』(中公文庫、100円)、日本詩人全集12『野口米次郎・川路柳虹・佐藤惣之助・千家元麿』(新潮社、300円)、(以下明日)

 

3月12日(水) 晴れ

冷たい風の吹き荒れた数日ですっかり心身の調子が狂ってしまった。唯一の憩いの場である書店や古書店に顔を出しても買う気がおきないのだから重症だ。

3月9日(日) 晴れ

気がついたらもう春なのだった。陰々滅々あくせくと仕事漬けの日々を送るうちに。今日は風がむちゃくちゃ冷たく強く吹き荒れていたけど、風の香りやすっかり高くなった陽の光はやはり春のそれであった。こうした早春の日々が中高生のころは好きだったが、東京に来てこのかた、3月の中旬はまだ風も冷たく、慌しく過ごすうちに過ぎてしまう。今夜はDebussyの弦楽四重奏曲を聴いた。何故かこの曲の第三楽章を聴くと、十五の早春のある朝の、ある出会い(再会)を思い出す。それは京都・山陰への修学旅行の帰りの朝で、鞄には漱石の『こころ』がしのばせてあった。(以来三十余年、この岩波文庫版はずっと私に寄り添っていて数年に一度それをこの本の徳と感じることがある。)南国だから春は早い。よく晴れて空は澄んでいた。眼下に穏やかな内海がひろがっていた。遠く小島が眺望できた。・・・(中止)

3月2日(日) 晴れ 白石かずこ『超女性詩人たち往く』

やっと休めた。忙しいときには忙しく、閑なときにも忙しいふりをせねばならぬ、よって年中閑なし。つくづく宮仕えが虚しくなる。

気になる新刊、横山秀夫『第三の時効』。Iさんから借りた『半落ち』『深追い』『顔』の三冊を妻は一気呵成に読んだようだが、わたしは未読のまま。すいません。志水辰夫『生きいそぎ』は短編集。『いまひとたびの』に連なる作品群かしら。時折ふっと志水辰夫が恋しいときがある。というわけで先晩『きみ去りしのち』(光文社、100円)をBookOffで買っておいた。

最近買った本。『小泉八雲怪談奇談集 上』(河出文庫、150円)、獅子文六『食味歳時記』(中公文庫、300円)、佐藤隆博編著『S-P表分析の活用事例』(明治図書、2260円)

日経日曜版から。文化面エッセイは、白石かずこ『超女性詩人たち往く』。このところ新聞すらうっとうしい日々だが、このエッセイは良かった。吉原幸子・矢川澄子・多田智満子という三人の超女性詩人への追悼文。世の日経の読者にむけて三人の文業をわかりやすく紹介しながらも、敬慕の情が伝わってくる、よい文章だった。書評欄では、多和田葉子の「悪文家クライスト」讃に共感。それからちょっとうれしかったのが福島泰樹の新刊『葬送の歌』(河出書房新社、2000円)。岸上大作・干刈あがた・寺山修司ら三十人に手向けた追悼文集。おそらく8年位前日経に連載されたコラムを集めたものではあるまいか。(いくつか切り取って保管している。たこ八郎伝とか)他に、川本三郎『林芙美子の昭和』(新書館、2800円)林芙美子の出生届と戸籍は郷里桜島の役場にあると昔母が教えてくれたっけ。鄙びた温泉街の片隅に有名な文学碑があって少年時代からよく知っていた作家だが、ずっと積読で読んだことがない。しかし林芙美子再評価の動きはうれしい。

新潮社のssWebを1ヶ月試してみることにした。月額900円(朗読コースの場合)。HP上でカード決済で即入会できた。自動継続ではないのである意味安心だ。新潮社は多様な音声コンテンツをまめに蓄積してきた出版社で、一昔前まではテープ、今はCDで販売しているのはよく知られていること。先日新聞の広告でCD全集(けっこう高かった)を売り出していたけど、移り気な当方のことだから、ネットサービスのほうがいいかもと思う。落語や講演のコンテンツもあってフルコースは月額2000円です。早速、あの伝説の朗読家幸田弘子の樋口一葉や、江守徹の『名人伝』、三遊亭円楽の『山椒大夫』などを聴いてみたが、いやあさすがに皆さんプロですな。ほんとうに上手い。朗読で楽しむことにこそ、あるいは文芸鑑賞の本質があるのではないかとつくづく思う。

 

[HOME]