11月26日(火) 

篠田節子『夏の災厄』了。豊かな取材力・構想力とディテールを正確に記述できる筆力。そしてふいに見え隠れする日常的なものを超えた顕現への憧れ。篠田節子は才ある作家だ。惜しむらくはこのように才ある作家といえども、大量の作品を生産せねばならず、またその大量の作品であれやこれやと読者にサービスせねばならぬことだろうか。疫病小説の傑作であるこの長編をとってみても、医療行政の保守性や製薬会社の舞台裏、新薬開発のプロセスなど、ひとつひとつのディテールにうそ臭いところがないし、地域医療に従事する主人公たちの人物造型にも揺らぎはない。だから強いていえば、この作品の欠点は、そのような八方美人的なそつのなさ、だといえなくもない。カミュのペストってどんな小説だったけな。・・・引き続いて『ハルモニア』読書中。

11月24日(日) 

郷里のH叔母さんが亡くなった。遠くからご冥福を祈る。

 

山本夏彦『変痴気論』『茶の間の正義』『編集兼発行人』(全て中公文庫、各100円)、篠田節子『レクイエム』『夏の災厄』『ハルモニア』(全て文春文庫、計950円)、乃南アサ『家族趣味』『団欒』(新潮文庫、計300円)『暗鬼』(文春文庫、200円)、石寒太『山頭火』(文春文庫、180円)、半藤一利『ノモンハンの夏』(文春文庫、100円)、阿佐田哲也『Aクラス麻雀』(双葉文庫、100円)、辺見じゅん『収容所から来た遺書』(文春文庫、100円)、五味川純平『戦記小説集』(文春文庫、100円)エドモン・ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』(岩波文庫、100円)。しめて文庫15冊計2430円平均162円と相成った。

11月20日(水) 

どんよりとした曇り空、寒い。

先日、高原書店徳島倉庫から角田房子『いっさい夢にござ候 本間雅晴中将伝』(中央公論社、1972年)が届いた。1000円+送料300円。太平洋戦争中、バターン死の行軍の責めを負い戦犯として処刑された悲運の将軍の評伝。

他に、石川九楊『現代作家100人の字』(新潮文庫、230円)、児島襄『指揮官 (上)(下)』(文春文庫、400円)などをぼちぼち拾い読みする日々。

11月18日(月) 快晴

仕事漬けの土日であった。日曜朝の御殿場行きもキャンセル。すいません、Kさん。ほんと小人閑居して不善がしたい。

11月16日(土) 曇 帯に偽り無し!横山秀夫

昨夜は山積する仕事を横目にみながら神田に向かった。あまりにも仕事が多いので逆にオフタイムには仕事のことは考えないようにしている。オフィスをでて中央線上りに乗ると、頭を切り替えて横山秀夫の文庫を読んだ。

仕事に疲弊しはてた鬱々たる心情である。昼間とは打って変わった神田駅前の歓楽の様子に戸惑いつつも、会場しん太の場所はすぐわかった。広い店内の、やや奥まった一角に同窓生が集っていた。迎える歓声、テンションが高い。テンションの高さにあわせて自分もすっと気分を切り替えることができてよかった。

ああ、美しい青春の日々よ。お互い髪が薄くなっても、そして友がみな我より偉く見える日にも、昔日同様の友情はあるのだった。以下、多くを語る必要もない。みなのほんとうの優しさが心に沁みた・・・仮に、このメンバアのひとりに刺されて殺されても、自分はまったく恨みますまい。それほど優しいメンバアばかり。

唐突だが、横山秀夫『陰の季節』(文春文庫)はなかなか秀作だ。いちおうのところ推理小説だからプロットは多く語れないけど、不感症気味のおじさんにも旨さはよくわかる。なかでも『鞄』はあっと驚くドンデン返し。当方もそうとうすれっからしだから、あっと驚くどんでん返し、と書くからには、そうとう驚いたのである。詳しくかけない。

ただし、後味は苦い。すかっとしたカタルシスが欲しいひとには向かないだろう。なぜ苦いか?組織のなかで生き抜いてゆくための、屈折・屈託を、とことん思い知らされるから。心地よい驚きばかりではない。甘い菓子パンのなかにジャリっと異物を噛むような、不快な苦さもある、この短編集には。

という訳で、本日は、横山秀夫『動機』(文春文庫、476円)@高野台三省堂。地元にブランド書店ができてうれしいので、なるべく新刊はここで買うように努めていますよ、練馬高野台三省堂書店店長殿。

ともあれ、素晴らしい同窓の集いだった。お疲れ様でした、幹事役のI君。タクシーで送ってもらって助かりました。

11月15日(金) 曇 昨日もやけ買い

吉祥寺、五日市街道沿いの藤井書店で、古本のやけ買い。高田衛『新編江戸幻想文学誌』(ちくま学芸文庫、400円)、国枝史郎『神州纐纈城』(講談社大衆文学館、300円)、ヘミングウェイ『われらの時代・男だけの世界 全短編1』(新潮文庫、250円)。支離滅裂。

今夜は神田で同窓のH君の歓迎会の予定。早く帰るぞ。

11月14日(木) 快晴 やけ買いは続く・・・

蕎麦屋で久しぶりに週刊文春を読んだ。読書コラムで、坪内氏や宮崎哲弥氏が山本夏彦を追悼している。宮崎氏が引用した西部邁氏の夏彦評、うろ覚えになるが、夏彦のかげには「良質なセンチメンタリズム」が隠れていると。同感である。また『私の岩波物語』でも数章を割いて昭和の印刷業界・製本業界を回顧しているが、そうした業界の下積みとして活躍したひとたちの業績に暖かい評価を忘れないのも夏彦らしいと思っている。

というわけで、仕事の帰りのBookOffで、山本夏彦『「社交界」たいがい』(文藝春秋、100円)、車谷長吉『塩(正字)壷の匙』(新潮文庫、100円)。

11月12日(火) 曇り

仕事で一行360バイトもあるCSVファイルを扱う必要があった。愛用のExcelでもはたまたAccessでも列(フィールド)は最大255。カンマをとって固定長で読んでもいずれ300以上の列に分割しなくちゃいけないのは同じ。なかなかうまい整形法がみつからない。しかたがないので時代遅れ?のBasicでテキスト整形ツールをつくった。ちゃんと動いて、わりかし速く、1万行のテキストの整形ができたのでなんだかうれしい。PerlやSedなどの勉強を再開したくなる。ActiveBasicってなかなかいい。

5 Open "C:\ActiveBasic\output2.txt" For Output As #1
10 Open "C:\ActiveBasic\math2.txt" For Input As #2
20 line input #2,A$
21 head$=left$(A$,13):print #1,head$;
22 for J=14 to 362 step 2
23   kai$=mid$(A$,J,1)
24   print #1, kai$;
25 next J
26 print #1,
40 if eof(2) then close #1:close #2:end else goto 20

11月11日(月) 晴 衝動買い@高原書店あるいはAmazonの異変

今日は本を買わなかったなあ、よしよし、たまった文庫本を読もう、と家に帰ってきて、Amazonで清水義範『蕎麦ときしめん』等を調べているうち、Amazonの異変に気がついた、というか、しばらく前から気がついていたのだが、Amazonが中古(本・CD・DVD)を扱い始めたのですね。Yahoo!オークションの後追いかと思いきや、今晩つらつら調べてみるに、かの高原書店やふるほん文庫やなど、ネット古書店系の大手?が提携参入しているではないか。Amazonというポータルと強力なDBエンジンを得て、独立系の高原書店などが前面にでてきたのか。成る程、Amazonの広汎な新刊本のDBをうまく補うかのように、高原書店の古書DBがかみあわされば、これは意外に-便利なのですね。 絶版になった本はしかたがないとしても、長期品切れで入手しづらい本はけっこうある。そうした本について、中古というもうひとつの選択肢を提案できれば、どうしても欲しいという消費者のニーズにうまくかみ合って、相互に利するところ大きいともいえる。

・・・てなことを妙に感心しているうちに、Amazonから高原書店HPにとび、使い勝手のよいHPで遊んでいるうちに角田房子『いっさい夢にござ候 本間雅晴中将伝(中公文庫、1000円+郵送料300円)を衝動買い。ああ、しまった、この4月、練馬は古本・遥にて吉田健一『書架記』(中公文庫)1500円(注:その後、かねたくさんの情報により荻窪で単行本美本を購入)を確信をもって見送った清貧読書道はどうした? いかなこの1ヶ月探し続けた挙句とはいえ、あとでちょっと後悔したのでありました。

このところ、忙しさのあまり、いささかすさみがちで、やけ食いならぬ古本のやけ買い。ま、平均単価150円位はご愛嬌としても、『沈鐘』『ギリシャの踊り子』など戦前の古い岩波文庫につづいて、冷静に考えればちと高い中公文庫を衝動買いしてしまった。

11月11日(月) 快晴

仕事漬の日々、なにしろ古本買いくらいしか楽しみがない。昨日。石神井公園草思堂にて、ハウプトマン『沈鐘』(岩波文庫、500円)・山本夏彦『かいつまんで言う』(中公文庫、100円)、晩秋の石神井池を過ぎて上石神井せきぶん堂にて、横山秀夫『陰の季節』(文春文庫、230円)・児島襄『史説 山下泰文』(文春文庫、240円)・渡辺一夫訳『ピエール・バトラン先生』(岩波文庫、100円)。夏彦翁ご推薦の『岩波書店の五十年』(非売品、2000円)などの社史もあったが今回は見送り。

11月10日(日) 快晴

昨日一日休んだが今日は仕事。昨日は寝不足で頭がぼ〜っとしていたが、10時間近く眠ってやっと快復した。相変わらず、雑ぱくに本を買い続けている。

シュニッツラー『ギリシャの踊り子』(岩波文庫、500円@りぶるりべろ)昭和15年初版。本の扉には、Jul.13.1941と鉛筆で書き込んである。A.Nishino氏の蔵書だったようだ。

山本夏彦『「室内」40年』(文春文庫)。鹿島茂氏の解説がさすがに秀逸だ。

吉田茂『日本を決定した百年 附・思出す侭』(中公文庫)思出す侭は回想録。解題は粕谷一希氏。

宮原安晴『神谷美恵子 聖なる声』(文春文庫)、結城信孝編『牌がささやく 麻雀小説傑作選』(徳間文庫)、共同通信社社会部編『沈黙のファイル 「瀬島龍三」とは何だったのか』(新潮文庫)以上5冊750円@BookOff。

11月8日(金) 

やっと難解なプロジェクトが日の目をみた。だが、まだまだ気を抜けない日々が続く。

『キプリング短編集』(岩波文庫、250円)@藤井書店。めぐり合いの不思議さよ、巻頭には1890年当時のチャリング・クロス街(キプリングの住んでいた場所)の古い写真が載っているではないか。まずは晩年の「損なわれた青春」を読んでみた。 なるほどボルヘスの好きそうな作風だ。

『チャリング・クロス街84番地』2冊目をよみた屋で確保、美本也。もっとも今有隣堂経由で日販のDBを調べてみると出版社在庫有りとわかった。古本でなくても入手できるみたいですね。久しぶりに本家のAmazon.comを訪ねていろいろと調べてみた。原書も買うかもしれない。平易で読みやすそうな本だから。Amazonの書評子が映画について補足する。 Anne Bancroft is the perfect Helene and Anthony Hopkins is brilliant as Frank. そうか、映画ならイギリスの古書店の様子もチャリング・クロス街のことももっとわかるかもしれない。ビデオも探してみよう。

11月6日(水) 快晴

今朝もまた雲ひとつない青空がひろがっている。美しい季節だが、仕事はいそがしい。心身ボロボロだ。

でも、いいこともある。いい本にめぐり合える幸せ。

『チャリング・クロス街84番地』読了。迂闊にもこの本全く知らなかったのだが、BookOffにも奇特な出会いはあるのだなあ。書物と英文学を愛するひとにはこよなくすてきな書簡集だ。Yoさん用にもう一冊確保にうごこう。

昨夜から読み始めた山本夏彦『私の岩波物語』が、これまた素晴らしい。読むのがもったいないくらい面白い。巻半ば、「筑摩書房の三十年」から読み始めたが、戦前の出版業界の多士済々の出版をめぐるドラマがいきいきとした夏彦流文体で活写されてゆく。ああ、もったいない。

11月5日(火) 快晴

今日もまた、ふと仕事に疲れて空を見上げると、美しくも深い秋の空がひろがっていた。

唐突だが、 吉田茂の国葬の日のことは今もよく覚えている。郷里は桜島の実家の縁側で、国葬のもようを伝えるラジオに聞き入っていた覚えがある。その日もよく晴れていた。この記憶は脚色ではなく事実だ。昭和四十年代の初頭のことだと思う。わたしが小学4年か5年の頃だ。調べれば正確な日付がわかるだろうが今はしない。

後年吉田健一を知るに及んで吉田茂はまた別の意味をもった。先年、富士見台で吉田健一の対談集を立ち読みし、冒頭に父との対談を掲載してあるのをほほえましく思ったりした。

今晩、疲れたからだで自宅近隣のBookOffで買ったのは、『敗北を抱きしめて』(I君ご推薦)の著者、ジョン・ダワーの著書『吉田茂とその時代(上)』(中公文庫、450円)。ままよ、ぼちぼち読もうと思っている。下巻入手の見込みはないが。

11月3日(日) 快晴

携帯やメールがめぐるましく飛び交う休日だった。神経がすり減る日々。携帯片手に近所のBookOffや石神井の2古書店をめぐるのがせめてもの楽しみさ。

ディケンズ『大いなる遺産(上)(下)』(新潮文庫、600円@りぶるりべろ)。ディケンズは疎い作家で近づきそこねてきた。やおら挑戦しようとしたがやはり挫折(中)。19世紀英国の、それがどんなものかは定かに知らないにしても、雰囲気が訳文から伝わってこない。西洋文学からすっかり遠ざかってしまったのはそうした微妙なすれ違いのせい。

そこで、へレーン・ハンフ『チャリング・クロス街84番地』(中公文庫、250円@BookOff)。訳者である江藤淳氏の解説を読んで、冒頭をすこし読んでいるところ。「ニューヨークに住む古本好きの女性がロンドンのチャネリング・クロス街84番地にある古書店マーク社にあてた一通の手紙から始まった二十年にわたる心暖まる交流」を綴った書簡集。江藤氏の解説も英国の古書籍への愛情に満ちていて興趣深い。

山本夏彦『私の岩波物語』(文春文庫、200円@草思堂)。山本夏彦氏追悼の意をこめて買った。今朝方の日経新聞では、大村彦次郎『ある文藝編集者の一生』(筑摩書房、2500円)を川本三郎氏が激賞していて、扱われている編集者楢崎勤のことにも、また様々なエピソード(文壇秘話)にも、おおいに惹きつけられたのだが、ちょっと高い本なので、まずはこの山本夏彦の本からはいってみようと思った次第。夏彦流昭和の出版業界史。周到な索引には、案の定、精興社や理想社の名前も見えたりして、興趣をそそられている所。

『昭和天皇独白録』(文春文庫、150円@草思堂)。昭和天皇の独白録を記録し、遺品として妻と娘マリコに残していたのは、柳田邦男のルポ『マリコ』で有名な、マリコ・テラサキ・ミラーの父、外交官寺崎英成であった。巻の半ばを占めるのはそのマリコさんの回想録。日米の不幸な時代に手を取り合っていきた夫婦とその娘の人生に大いに感動してしまった。

他に、並木美喜雄『量子力学入門』(岩波新書、タダ@草思堂)。BookOffでは吉田茂関連の文庫を2冊みつけた。いずれ買おう。このところずっと探している本は、角田房子『いっさい夢にござ候』(中公文庫)。なかなかみつからない。

 

11月2日(土) 快晴  『青い花』を読んだ頃 (1972年)

仕事がずいぶんと忙しくまた煩瑣を極めていてやや荒みがちな今日この頃だ。今朝は快晴。雲ひとつない美しい晩秋の朝である。

ふと思いついて古い手帖をしらべると、ちょうど30年前の11月に買った本のリストがでてきた。昭和47年、当時わたしは16歳だった。

11月8日 安部公房『他人の顔』『第四間氷期』、11日 ノヴァーリス『青い花』、ハーディ『テス (上)』、18日 福永武彦『草の花』

一月に買った本が岩波文庫2冊、新潮文庫3冊の5冊きりである。歳月は流れて30年、昨今はBookOffやら古本屋やらで安い本を買い漁ってるので、一月に文庫5冊といっても、まあそんなもんかなと思うくらいだが、なにしろ当時の小遣い(数千円?)・物価(岩波の★ひとつが70円だった)を考慮し、さらに、市電に30分余り揺られなくてはまともな本屋に行けなかった本屋事情を思うと、けっこうがんばって読んでいたんだなとほほえましくおもえる。今朝はついでに古い写真帖をひっぱりだし、おそらくちょうどこの30年前の秋か冬の早朝の記念写真をスキャンしてみた。そう、青い花を読んだのはこの寮に棲んでいた頃である。ほほえましい、なんて自分のことを追憶して感傷たっぷりと思われるかもしれないが、今この写真をつらつら眺めるに、当時のわたしも周りの友人たちも、いちように童顔で、あどけない田舎の少年たちである。いま私の息子が15歳、当時のわたしの1級下にあたるわけだから、写真のなかの自分や友人をみるまなざしは、今や息子をみるようなものなのだ。だから、自分のことをほほえましい、などと書く、ある種のゆとりもあるのである。

●『他人の顔』は文体が難しくこの当時にしてはめずらしく完読した覚えがないが、『第四間氷期』は面白かった。『テス』もこの時期上下巻を読み終えた覚えがあるし、草の花に至っては一読で福永の大ファンになり、当時高校の文芸仲間に福永武彦ブームを巻き起こしたような覚えがある。それにしてもやっぱり、この30年前の晩秋の思い出は、赤い帯のついた一冊の岩波文庫、『青い花』に捧げたい。どうしてこの本にたどり着いたか今や定かではないけれど、おそらく文庫解説目録であたりをつけたのだろうと思う。旧制一高の独文の教授をしていた小牧健夫が戦後まもなく訳した本で、当時ですら、もちろん古色蒼然たる訳書であった。(旧字旧かな)青い花には何種類か訳書があり、岩波文庫版も近年は青山隆夫訳に改版になっているけど、わたしはやっぱりこの小牧健夫訳が懐かしく、古書店でこの本をみかけると、ふるい初恋の少女にめぐりあったように懐かしく、ついつい買ってしまう。ドイツロマン派が熱い憧れだった旧制高校文化の良質の香りを感じる。

●それにしても、ドイツロマン派のうんだもっとも清らかな精華に、たった1回でめぐりあったのは僥倖だった。ダンテやペトラルカに連なる女性への純粋な思慕、鉱物学・地質学への造詣と深い関心。そしてシュルレアリスムや20世紀の文学の冒険を先取りしたかのような芸術至上主義。魔術的観念論。Novalisとは限りなく深い夜に空たかく煌く宝石のような星である。いまでもわたしはこの本を読んだ夜のことを覚えている。狭い一人部屋の窓辺においた小さい机にむかって、胸ときめかせ、驚愕しながら、居住まいをただして読みふけった秋の夜更けを、まざまざと思い出すことができる。その小さい部屋の窓からは、煌いている星がみえた。窓をあけ夜空をみあげると、晴れわたった空に雲が速く流れていた。

●ついでに告白すると、この前の年、つまり中学3年の秋に、郷里で美しい女性に一目惚れしました。3歳年上の高校3年生でありました。郷里に帰省するのには、市電に乗りフェリーにのって、さらに国電バスに乗り継ぐのでしたが、その短い旅の終わり、自宅近辺で停まったバスから降りて、ふとうしろをふりかえったとき、このMさんと目があい、その瞬間に恋に落ちました(笑)なにしろ自宅はごく近かったので名前や自宅の場所はさりげなく母親から聞き出し、休暇のおりは彼女の自宅近辺を散策してみたりもしましたが、なかなか簡単に会えるものではありません。そのはじめての出会いの後、2回目に会えたのは中3の終わりの修学旅行の帰り路、早春の朝でした。何度目かの出会いは、9月17日の日曜の朝。弟(当時中1)の運動会においてでした。この朝のこともよく覚えています。ひとこと話をしたかったが、果たせませんでした。彼女の弟も、やはり中学生で、家族で応援にきていたのでしょうが、当時の田舎としては珍しく新しい鉄筋の校舎の2階の教室で、彼女の家族がなかよく昼食をたべていたのを覚えています。

●ですから、青い花にあこがれたのには、ノヴァーリスの愛した年下の少女ゾフィーに、初恋のひとをなぞらえて芸術的に昇華しようという、そういうせつない理由があったのです。ゾフィーは夭逝しましたが、かのひとは今どこでどういう生活を送っているのでしょうか。(未完)

※写真には、熊襲さんや掲示板で熊襲さんが紹介したNさんも写っています。

 

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